理事長挨拶
山梨県立病院機構(県立中央病院・県立北病院)
理事長 小俣 政男 (Omata Masao)
R7.1.23
信頼される病院を目指して
山梨県立病院機構は、まもなく150年を迎える山梨県立中央病院(明治9年発足)と山梨県立北病院(昭和29年発足)の二つの病院により成り立っており、地方独立行政法人として平成22(2010)年に発足しました。ここでは、この法人化後の機構の運用状況につき報告します。
平成22(2010)年度から平成26(2014)年度までの第一期中期計画では、①経営の改善、②若手医師の教育、③医療の質の改善を目指し、病院運営を行いました。
平成27(2015)年度から令和元(2019)年度までの第二期中期計画では、①健全な経営の継続、②先進医療等を含む高度先端医療の提供、③基幹病院としての役割発揮を目指し、患者さんを“早くきれいに治す”努力を続けてきました。
令和2(2020)年度から令和5(2023)年度までの第三期中期計画では、①政策医療の的確な提供、②県内における医療水準の向上、③経営基盤の安定化を目指し、県民の健康の保持及び増進に寄与してきました。
今回、令和6(2024)年度から令和9(2027)年度までの第四期中期計画においては、①当県における3次救急医療を一手に担う高度救命救急医療の提供、②低出生体重児を含むハイリスク患者への専門的な医療の提供、③市中病院で唯一、都道府県がん拠点病院及びがんゲノム医療拠点病院として指定された知見に基づくゲノム医療の提供、④新興感染症発生・まん延時に必要な医療提供体制の確保、⑤精神科救急医療の中核としての役割発揮を行うことにより、どこにも負けない患者さんを“早くきれいに治す”努力を続けて参ります。
宜しく御支援のほど、お願い申し上げます。
第三期中期計画(令和2~令和5年度) の決算報告と取り組み
地方独立行政法人山梨県立病院機構は平成22(2010)年4月に発足し、第三期中期計画の最終年度である令和5(2023)年度の決算が整いましたので、柱1から柱6に沿って報告致します。
目次
柱1 法人決算
柱2 中央病院の現状・展望
柱3 若手医師の育成
柱4 学術活動
柱5 北病院の現状・展望
柱6 医療救護活動の取組
柱1 法人決算
a)決算の状況
令和5(2023)年度決算
総収入は 311.8億円 (令和4(2022)年度 314.2億円)、総支出は 293.9億円 (令和4(2022)年度 293.9億円) となりました。 令和4(2022)年度と比較しまして、収入は2.4億円減少しましたが、支出は横ばいでありました(図1)。
その結果、令和5(2023)年度の経常利益は17.9億円 (令和4(2022)年度 20.3億円)、純利益は17.6億円 (令和4(2022)年度 19.6億円) (図1)となりました。
表1. 第三期 (令和2~令和5年度) 中期計画との比較
b) 累計損益の推移
法人化発足直前の平成21(2009)年度の累積損益は、-152.1億円でしたが、第一期中期計画(H22~H26年度)の5年間の累計純利益は42.6億円、第二期中期計画(H27年度~R1年度)の5年間の累計の純利益は76.5億円でした。
令和2(2020)年度から始まった第三期中期計画では、更に強靭な経営体質を確立するために、黒字の累積を第三期の5年間で38.3億円と想定しました。計画初年度である令和2(2020)年度の純利益は18.6億円、令和3(2021)年度純利益は22.1億円、令和4(2022)年度純利益は19.6億円、令和5(2023)年度純利益は17.6億円であり、4年間で累計77.9億円となりました(表1、図2-1)。これは、第三期中期計画累計の38.3億円を39億円上回るものであり、令和6(2024)年度から始まった第四期中期計画へ安定した経済基盤を築くことができました。

この中期計画中の純利益は、各期の建設改良費として、施設整備や最新機器の購入等に用いました。
c) 借入金残高の推移
山梨県立中央病院は、病院建設のための長期借入金が400億円を超え(図2-2)、病院再建への取り組みは喫緊の課題となっていました。このため、法人化後4次に渡る中期計画において、経営目標とした純利益の確保を着実に達成し、令和6(2024)年度における長期借入金は、182.5億円まで縮減しました。
なお、手元資金に約185億円を確保することで、安定的な財務運営を維持しています。
図2-2. 借入金残高
柱2 中央病院の現状・展望
a) 救命救急医療体制の充実・強化
中央病院は、第3次救急医療を担う病院として、ドクターヘリやドクターカーを活用し、迅速で効率的な医療を提供してきました。また、H31(2019)年4月に、山梨県内唯一の高度救命救急センターの指定を受け、広範囲熱傷、指肢切断、急性中毒等、より高度で専門的な救急医療を提供できる体制を整備しております。
なお、この高度救命救急センターでは、各消防本部からの要請により、24時間体制で3次救急患者を受け入れていますが、本来、高度救命救急センターの対応症例でない2次救急患者や他の病院等で受け入れることができなかった重症患者についても、患者さんの重症度及び緊急性に応じて、柔軟に受け入れを行っており、法人化前 (H21年度) 対比で2次救急 (2.96倍)、1次救急他(1.52倍)となり、3次救急 (2.02倍)に限定しない幅広い救急医療を行いました (図3)。
なお、令和6(2024)年度においては、心・血管X線撮影装置を組み合わせた手術室(HEOR・Hybrid Emergency Operating Room)の導入も計画されており、山梨県民の生命を守る最後の砦として、更なる救急医療体制の充実強化を図って参ります。
図3.救急車搬送人数
ドクターヘリとドクターカーの有機的運用
当県は、甲府盆地を中心とする通称 “国中”と、山を隔てた周辺の “郡内” に大きく二分されています。平成22(2010)年8月よりドクターカーを、平成24(2012)年4月よりドクターヘリを運用し、令和5年(2023)度末時点で、ドクターカーは5,858回、ドクターヘリでは5,670回の出動を行いました。
令和5(2023)年度におけるドクターカー(合計323件)の国中と郡内における出動割合は、国中は中央病院が属する甲府地区の利用が多いことから84%(272件)となり、地理的に遠い郡内では16%(52件)となりました。次に、ドクターヘリ(合計431件)の国中と郡内における出動割合は、国中では48%(207件)、郡内で49%(212件)となりました。当県の地政学的有利性 (円形) に基づいた効果的な運用と、24時間体制での救急医療により、当院にたどり着けば “命が助かる” を目指しています(図4-1、4-2)。
図4-1.運用開始から令和5年度までの出動件数(累計)
図4-2. 年度ごとの出動件数
b) がん医療体制の充実・強化
ATCC (Ambulatory Therapeutic Cancer Center) 通院型がんセンター及びGAC (Genome Analysis Center)
山梨県には、がんセンターがありません。当院は平成18(2006)年、都道府県がん拠点病院に指定されており、機能強化のため富士山が見える病院最上階の消化器内科病棟を改築し、通院型がんセンター(ATCC)を平成25(2013)年に発足し、入院を主とするがん医療から外来での治療へと大きく舵を大きく切りました(図5-1、図5-2)。更に、ゲノム解析センター(GAC)を平成25(2013)年に開設した、がんゲノムの研究は、次世代シーケンサーの登場で、がん細胞のシグナル伝達系を明らかにすることにより、新たな薬剤を求めるパラダイムシフトを展開しました。また、近年、免疫チェック阻害剤が患者の延命に明確な効果をもたらす治療法として登場したことにより、GACの重要性は益々増加し、ATCC及びがん相談支援センターと相まって、“がんセンター”機能の強化を図りました。
図5-1. 通院過料がんセンター患者延べ人数推移
平成22(2010)年度の法人化発足当時のがん化学療法の治療例数は、入院月間200人、外来200人強と、ほぼ同数でありました。その後、ATCC通院型がんセンターがスタートし、入院での治療は、月間ほぼ200人前後を推移していますが、外来でのがん治療患者数は、月間850人と、4倍強となりました(図5-1)。入院から外来への流れが定着し、それにより患者さんの生活の質が改善し、今後、患者さんの精神的・経済的サポートがますます重要となってきていると考えています。
図5-2.通院加療がんセンター患者年次推移(延べ)
なお、ATCCにおける年次推移は、図5-2のとおりであり、最近では、治療法の進歩により、治療回数が減少し、延べ人数が減少気味となっています。
GAC (Genome Analysis Center) ゲノム解析センター活動と成果
GAC (Genome Analysis Center)は、当院のATCCに2013年に併設された。後述のがん医療、ことに進行がん治療の夜明けは、2014(H26)年前後に相次いで明らかになった、がん細胞内の遺伝子異常探索結果に基づく、細胞内のシグナル伝達異常解明によりもたらされた。この根幹となるのが、がん患者さんから得られたがん組織内の遺伝子異常探索と、それに基づく分子標的治療薬及び免疫チェックポイント阻害剤による適切な医療選択である。当院のGACは、2013年の開設以来、解析した遺伝子情報と臨床データの統合により、適切な新規薬剤を患者さんに届け(後述)、更には、質の高い発表が2015(H27)年より相次ぎ、現在まで英文論文124編、学会発表433回が行われました。更に、第98回日本感染症学会総会 英語優秀演題賞(2024年・弘津陽介)、加藤記念バイオサイエンス振興財団研究助成(2023年・弘津陽介)、緒方富雄賞(2024年・雨宮健司)、小島三郎記念技術賞及びサクラ病理技術賞(2022年・雨宮健司)など受賞が相次いでいます。また、最近のゲノム医療の大きな展開により、当センターでの若手研修希望者が県内外 (大阪国際がんC、千葉大、慶応大、横浜市大等) から集まっています。
これらの活動もあり、当院は2023(R5)年4月から、遺伝子の分析と治療方針の決定が病院単独でできる全国に32のがんゲノム医療拠点病院の一つとして、市中病院初の“都道府県がん拠点病院”と“がんゲノム医療拠点病院”の両方の指定を受けることとなりました。
進行がん治療の夜明け ~がん遺伝子異常に基づく新規薬剤~
[オラパリブ]
GAC (Genome Analysis Center – ゲノム解析センター) で行われた、遺伝性乳癌・卵巣癌の原因遺伝子であるBRCAの遺伝子解析に基づき (Sakamoto I et al. Cancer 2016; 122; 84-90)、平成28(2016)年1月より、従来治療法の無かった進行性卵巣癌に対して新薬オラパリブ (PARP阻害剤) の日本初の投与が開始された(Sakamoto et al. J Obstet Gynaecol Res. 2019;45(3):743-747: Durable response by olaparib for a Japanese patient with primary peritoneal cancer with multiple brain metastases: A case report)。それから5年良好な経過を辿っている。2例目も平成28(2016)年8月より開始され、順調である。これは、国際的に認められているManaged Access Program、或いはCompassionate Useの方式に則って、国際的第三者機関に申請を行い、その後、オラパリブは卵巣癌に認可され、平成30(2018)年4月より保険診療が開始され、より多くの卵巣癌患者の予後改善につながっている。また、令和6(2024)年11月現在、オラパリブは、乳癌、前立腺癌、膵癌、子宮体癌にも使用可能となっている。
[免疫チェックポイント阻害剤 (ICI – Immune checkpoint inhibitor)、オプジーボ・キイトルーダ等]
平成26(2014)年7月に認可された免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) は、R6(2024)3月現在、黒色腫(n=12)につづき肺癌(n=430)、胃癌(n=87)・腎癌(n=39)・頭頸部癌等(n=65)に使用可能となり投与され、累計約1,000例に投与された。
薬剤の効果予測として当院では、遊離核配DNA (ctDNA – circulating Tumor DNA) を用い、非奏効例の同定という論文 (Iijima, et al. Eur J Cancer 2017; 86: 349-357 Very early response of circulating tumour–derived DNA in plasma predicts efficacy of nivolumab treatment in patients with non–small cell lung cancer) をいち早く発表した。Pub Med Trending Articles リストによると、当時、世界のDownload数42位にランクされた。ICIを核とした、進行癌/手遅れ癌の治療の“夜明け”を感じる。即ち、為す術もなかった患者さんが、長期生存、それも外来の注射で可能となった時代の幕開けである。
更に進行したステージの患者さんのみならず、ICIは周術期、ことに術前療法として認可され、乳癌では令和4(2022)年9月、肺癌では令和6年(2024)年8月より使用が可能となり、がんの完治が期待される。
がんゲノム医療拠点病院の指定とエキスパートパネル会議
~令和5年(2023)4月1日から、がんゲノム医療拠点病院に指定~
山梨県立中央病院では、県の支援を受けながら平成25(2013)年にゲノム解析センター(GAC)を設置して以来、院内でのゲノム検査、遺伝カウンセリングなどを実施してきました。また、平成30(2018)年には、がんゲノム医療連携病院の指定を受け、がんゲノム医療中核拠点病院である東京大学医学部附属病院と連携してゲノム医療の提供を推進してきました。
更に、当院におけるゲノム医療の推進が認められたことから、令和5年3月厚生労働省から、「がんゲノム医療拠点病院」に指定を受けたところです。今回の指定により、がん遺伝子パネル検査の医学的解釈及びその治療を独自に決定することができ、治験を含めて、新たな治療への道を拓くことにつながりました。また、専門家による院内検討会(エキスパートパネル会議)を行っております。この会議では、遺伝子検査(CGP)検査の結果、新たな分子標的治療薬、或いは、免疫チェックポイント阻害剤の遺伝子情報に基づいた延命治療の適用を、この会議で決定し、即時に医療現場に導入する努力を重ねています(図6-1)。実際、この新しい薬剤への投与率は、かつて10%未満であったが、現在は、50%以上に達しています(図6-2)。
図6-1.がん遺伝子パネル検査実績
図6-2.がんパネル検査 治療提示・到達
今後とも、本邦に32あるゲノム医療の山梨県唯一のゲノム医療拠点病院として地域の医療機関と連携し、がん患者へ更に質の高い最新のがん治療を提供する体制を強化します。
山梨県におけるC型肝炎の完全撲滅と肝癌死亡者数の減少
本県は、日本住血吸虫に端を発するC型肝炎ウイルス蔓延県でありました。その結果、人口当たりの肝癌死亡者数が東日本第一位であり、その8割がC型肝炎患者でした。既に行った中央病院におけるC型肝炎のグローバル治験の結果 (Omata M. J Viral Hepat. 2014; 21:762-768、Lancet Infect Dis. 2015; 15: 645-653) 、平成27(2015)年5月よりC型肝炎の唯一の核酸アナログ製剤であるソフォスブビルが投与可能となり、当院では515例の患者さんに治療が施され、99%の治癒率となりました (読売新聞 平成30(2018)年10月19日 C型肝炎根絶へ決定打・平成時代DNAの30年)。その後、2024年11月現在、累積で700名のC型肝炎患者さんに治療が行われ、99%の症例でウイルスが駆除された。
更に最近の統計によると、東日本における肝癌死亡者数はかつて第1位であったものが、現在は第4位と改善しており、更にC型肝炎の完全撲滅、ひいては肝癌死亡者数の激減に努力を傾注します。
内視鏡下手術及びロボット手術 (Xi型 Da Vinci・HUGO RASシステム)
内視鏡手術に加え(図7・左)、平成28(2016)年6月、腹腔鏡手術支援ロボット手術機器「Da VinciのXi型」を甲信地方で初めて導入し、同年6月から前立腺がん、同年8月から保険承認された腎臓がんのロボット手術をスタートしてる。
更に、令和5(2023)年11月には新たな手術支援ロボット(HUGO RASシステム)を導入することにより増台する患者ニーズに答え、多くの症例に対応できる体制を整えています。
なお、令和5(2023)年度末累計で、子宮手術を1,048例、前立腺がん手術を403例、胃手術を224例、大腸がん手術137件等を実施しました。
図7. 手術件数推移
柱3 若手医師の育成
中央病院医師総数
中央病院の医師総数を俯瞰して見ますと、法人化当初の平成22(2010)年度期首は144名、令和6(2024)年度期首は228名と58.3%増加しました (図8)。
図8.中央病院医師推移
なかでも、令和6(2024)年度期首で、若手医師、即ち46名の初期研修医と49名の後期研修医 (専修医) 計95名は、法人化発足の平成22(2010)年度期首41名と比較して2.3倍となりました。これは、同一期間の卒後6年以降の常勤医師の伸び率(平成22(2010)年度期首103名、令和6(2024)年度期首133名)である1.3倍と比較して明らかに高い数値であり、病院活性化の根源である若手医師不足解消は、多くの職員の努力によって、当機構では著しく改善しています。
なお、令和5(2023)年度(令和6(2024)年度から研修開始)の初期臨床研修マッチングの結果(図9-1)ですが、全体のマッチ者数は市中病院904病院中5位、総合プログラムのみのマッチ者数は4位となりました。また、令和6(2024)年度(令和7(2025)年度から研修開始)については、市中病院900病院中14位、総合プログラムのみのマッチ者数は10位という結果(図9-2)となりました。
図9-1.令和5年度マッチング結果
図9-2.令和6年度マッチング結果
a) 後期研修制度の充実
平成30(2018)年度から開始された新専門医制度は、初期研修につづき、内科、救命救急、整形外科、総合診療科(中央病院基幹プログラム) 、精神科(北病院基幹プログラム)を核として開始されました。
その後、中央病院基幹プログラムとしては、平成31(2019)年度に外科基幹プログラム、令和2(2020)年度に小児科基幹プログラム、令和6(2024)年度に産婦人科基幹プログラムを設け、令和7(2025)年度に麻酔科基幹プログラムを新設予定です。
県立中央、県立北基幹プログラム初期採用者数は、9人(2018年、H30)から8人(2019年、H31)、11人(2020年、R2)、11人(2021年、R3)、13人(2022年、R4)、9人(2023年、R5)と推移し、直近の2024年(R6)では16人でした(図10)。
従って、後期研修プログラム在籍者は、令和6(2024)年度、県立中央病院は、基幹プログラム11人 (内科6人、救命救急1人、小児2人、産婦人科2人) に加え、連携プログラム17人(内科6人、整形外科1人、新生児内科1人、産婦人科1名、救命救急1人、脳神経外科1人、形成外科1人、泌尿器科1人、皮膚科1人、病理診断科1人、放射線診断科2人)の計28人、また、県立北病院は令和6(2024)年度は、基幹プログラム5人 (精神科5人) の計33人でスタートしました(期首の在籍者数)。
図10.基幹プログラム別採用者数
b) 臨床研究の推進
若手医師の育成・強化の骨格となるのは臨床での教育はもとより、臨床研究を遂行する体制の確立と考えています。
当機構では、初期研修2年終了時の研究発表として、Cohort研究が推進され、その内容は極めて優れたものが多い(図11-1)。これは、当院に蓄積された臨床データ-を上級医と初期研修医が共同作業を行い、臨床的研究成果として発表するものである。更に、専攻医による質の高い発表も行われており(図11-2)、これらは当院全体のデータ蓄積、臨床への還元を目指しており、このCohortを用いて若手、上級医師、すなわち在籍する後期研修医の育成に繋がっている。
図11-1.研修医発表会(2年次)演題
図11-2.若手医師(専攻医)研究発表会 演題
表2.治験収入推移
表3.治験実施状況
表4.科学研究費補助金の獲得状況(R2~)
c) 若手医師海外留学制度
当機構職員には、海外留学の際、本俸の70%程度が支給されるという規定があります。平成27(2015)年度、第一号として北病院から三澤史斉医師がニューヨークへ、令和3(2021)年度には中央病院から祢津昌広医師がカナダへ海外留学を行い帰国した。目的の明確な留学であり、当県の医療の質向上に寄与しております。
柱4 学術活動;学会・論文発表
当県の “医療の質向上” が法人発足時の三大目標の一つでありました。その客観的指標は、院内や県内にとどまることなく、国の内外での学会・研究会の発展、並びに厳しいReviewプロセスを経た論文発表と考えています。
県立中央病院の学術活動としては、令和5(2023)年度の英文論文は60本、邦文論文は23本、合計83本。また学会等の発表は、国外が74件、国内676件、合計750件という数にのぼりました (図12)。
図12.県立中央病院学術活動の推移
柱5 北病院の現状・展望
a) 精神科救急
山梨県の精神科救急医療体制の整備状況は国の調査により全国9位と評価されていますが、その体制のなかで北病院は県内10病院の輪番制に加わりつつ、深夜帯については常時対応施設として県の基幹的な役割を担い、精神科救急受診相談窓口相談者の35%に対応しています。
2023年度には強化個室ユニット(8床)の運用も開始され、院内に2つある救急病棟(100床)で年間500名以上の救急入院対応を行い、統合失調症、躁うつ病、うつ病などを中心とした幅広い精神障害の治療に応じています。
b) 精神科リハビリテーション、アウトリーチサービスの展開
救急急性期医療により回復が十分とは言えない場合、退院後も引き続き、通院によるリハビリテーションを行っています。精神科デイケアを利用いただくと、認知行動療法、社会生活技能訓練、認知機能リハビリテーションのプログラムを受けることができます。発達障害やゲーム障害に対する専門的なプログラムも実施しています。
ご自宅等へのアウトリーチサービスも積極的に展開しています。北病院の訪問看護では、セルフケアの不十分さから生じる身体疾患(熱中症、低体温症、糖尿病、蜂窩織炎など)の発生予防にも力を入れています。これには経験豊富な精神科看護師をはじめとしたスタッフがきめ細かい指導を行っています。
北病院では、高齢化などにより通院困難になる方々に対してのオンライン診療や訪問診療の充実をはかり、地域諸機関との緊密な連携を強化しながら、精神障害の回復を支援していきたいと考えています。
c) 児童思春期精神科医療
北病院は、県内唯一の児童思春期入院病棟(27床)を運営し、中高生の不登校、自傷、スマホ/SNS依存などのケースにも対応しています。
意外に思われるかもしれませんが、北病院の初診患者(年間850〜1,000名程度)の3割は20歳未満で、その大半は児童思春期例です。児童思春期例の初回の診察では特に時間をかけて必要な情報を聴き取りし、発達障害傾向の診断、必要に応じて各種心理検査も行っています。
入院治療では、多職種チームによるプログラムを行い、安全にも配慮しながら主体的に行動できることを目標として関わります。病院には富士見支援学校旭分校が併設され、入院したからといって勉強ができなくなる心配はありません。山梨大学学生による学習ボランティアもあります。また、親に対する子育て支援プログラムも定期的に開催され、健康的な親の関わり方についても学んでいただきます。
d) 医療観察法に基づく医療
北病院は、県内唯一の医療観察法にもとづく指定入院医療機関として、平成22年7月に開設された医療観察法ユニット(6床)を中心に、心神喪失・心神耗弱等の理由で不起訴処分になった対象者の社会復帰にも取組んでいます。
いままでに40名を超える対象者を受け入れ、国の規定した治療ガイドラインに準則した多職種チームによる個別性の高い治療プログラムを提供してきました。当院の入院期間は全国平均値よりも短いですが、退院した対象者は、県内諸機関の理解・協力をいただき、再発、再犯のない生活を送られています。
北病院は、さまざまな司法精神医学的なニーズに応じており、事件事例の精神鑑定、鑑定留置、鑑定入院などにも積極的に関わっています。
e) 重度慢性入院例に対する高度医療
北病院は、措置入院、緊急措置入院など自傷他害のおそれがある重症例の急性期からリハビリテーションまでの入院治療を行っています。患者の病状に応じたさまざまな治療や対応を行っていますが、統合失調症、躁うつ病、うつ病の重症例に対する修正型電気けいれん療法(mECT)を週3回の頻度で実施しています。年間実施回数は700回程度にのぼり、県内のmECT治療数の7割を北病院がになっています。退院後の重度慢性例には責任者や責任部署を決め、地域生活が安心しておくれるための支援体制も構築しています。
f) 治療抵抗性統合失調症治療薬・クロザピンの普及
北病院は、通常の抗精神病薬治療で改善しない「治療抵抗性統合失調症」に対する治療薬クロザピンの普及にも力を入れています。クロザピンは治療反応率が6割程度とされ、治りにくい幻覚や妄想にも改善が期待されるお薬です。県下に数百名と推計される治療抵抗性統合失調症の方々にクロザピンが早く届けられるように、当院では、クロザピン相談外来を開設しているほか、当院スタッフが中心となって教科書的な書籍の翻訳出版を行い、全国に向けても情報を発信しています。
g)トラウマケアの充実
地域の精神保健にかかわる諸問題(依存症、こども虐待、自殺、ひきこもりなど)には、トラウマインフォームドケアが有効とされており、当院ではいち早く職員研修を開始し、スキルアップにつとめています。
精神科治療は、利用した方にかえってつらい体験となることも知られていますので、そのような「二次受傷」が起こらないように特に注意して関わっています。
依存症については、山梨県のアルコール健康障害に係る治療拠点施設としての役割も果しながら、自助グループとの連携を深め、依存症者それぞれの回復をめざした治療プログラムを実施しています。このなかで令和6年度より全国に先駆けてトラウマの心理教育も行っています。自殺例については、県立中央病院との連携をはかりながら、再企図が生じないようなこころのケアや治療を提供しています。
トラウマの専門治療(TF-CBT,持続エクスポージャー法など)の実施体制も整備し、重症のPTSD(心的外傷後ストレス症)の方や、犯罪被害者支援にも取組んでいます。これらのサービスはまだ一部の方にしか行えていませんが、今後、拡充していくことが目標となっています。
h) 北病院の職員数
北病院の職員総数ですが、法人化当初の平成22(2010)年度期首は171名、令和6(2024)年度期首は220名と28.7%増加しました。
i) 平均在院日数
北病院は、平均在院日数の減少に努めており、令和4(2022)年は62.6日でありました。山梨県としても201.9日となり全国の都道府県中、第2位となりました。
同時に長期(1年以上)入院患者の退院に努め、令和5(2023)年度末では25人、令和4(2022)年度末と比べると、3.8%の減少となりました。
柱6 医療救護活動の取組
新型コロナウイルスの重点医療機関(~令和6年9月)として、重症者等の入院患者の受入れや発熱外来における患者の診察、検査を行ってきました。また、新型コロナウイルス5類移行も病棟確保及び外来・検査体制を維持することで、必要な医療を提供しています。
併せて、令和6(2024)年3月には、新型インフルエンザ等感染症等に備えて、県と感染症法に基づく「医療措置協定」を締結し、県内唯一の第1種感染症指定医療機関としての役割を担っています。
まとめ
県立中央病院及び県立北病院は、県の基幹病院として、経営基盤の安定化を図るとともに、先進医療を取り入れ、職員一同“早くきれいに治す”を合言葉に、患者さんが一日も早く元気な姿でご家族の元にお帰りになれるよう取り組んで参る所存です。今後ともご支援のほどお願い申し上げます。