精神科医がうつ病になった
本書は、私小説的な雰囲気を持ったうつ病の体験記です。泉先生は、医学生のとき、無二の親友をうつ病で亡くされ、精神科医になることを決心しましたが、患者さんに必死に寄り添う医療を実践される中、精神科医3年目にして自分自身もうつ病になってしまいました。親友を死なせたうつ病に復讐しようとして自分もうつ病になってしまったことはさぞかし大きな挫折だったろうと思います。同僚たちから働き過ぎを警告されても、親友のような死に方を担当患者さんに繰り返して欲しくないとの一心からオーバーワークが止められなかったのです。
先生は不調を感じ、秘かに抗うつ薬を処方してもらいながら大学病院の激務を続けましたが、やがて笑ったり話したりする気力もなくなり、景色がモノトーンに見え出しました。仕事の効率は極端に悪化して、死ぬこと以外考えられなくなってしまいます。責任感が人一倍強く、生真面目で一途な泉先生は、仕事を辞めてまわりに迷惑をかけるくらいなら死んでしまいたいと考えたのです。
精神疾患のカミングアウトがまだ一般的とは言えなかった2002年にうつ病体験を外へ向けてつむぐことには大きなご負担があったと思います。泉基樹はペンネームですが先生の周辺には実名が分かってしまったでしょう。しかし、本書を通して、うつ病で苦しむひとの思いや、ただ受け入れて寄り添ってくれる人の存在の大きさや大切さを知ることができます。精神科の専門知識があっても、まわりの人の気づきと助けがなかったら先生は生き続けることが出来なかったかもしれません。誠実すぎて、生き方が上手とは言えない先生は、うつ病から回復されたあと一度は辞めようとした精神科医の仕事を再開されているようです。くれぐれも無理がないようにと願っています。
(精神科医局 宮田量治)