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大丈夫。人は必ず生まれ変われる。

:岩井喜代仁
出版社
:文藝春秋

 本書は、薬物依存症者の岩井さんの劇的な再生物語です。岩井さんは、シンナーや覚醒剤などの薬物依存に苦しむ子供たち1700人以上(本書発行当時)を預かってきた社会復帰施設・茨城ダルク「今日一日ハウス」の代表者。近藤恒夫さんが創設し、いまや全国に60以上の回復施設を展開するダルク(民間の薬物依存症リハビリ施設)の草創期からのスタッフです。

 京都の漁村に生まれた岩井さんは、ガキ大将→不良少年→バーテンをへて、23歳で60人以上を率いるヤクザの組長に就任。背中全面には「水門破り波切長次」の刺青(いれずみ)とばりばりの極道でしたが、24歳のとき、昔のバイト先の上司だった近藤恒夫さんにそそのかされて覚醒剤に手を染めると、一気に覚醒剤中毒まで落ちてしまいました。33歳のとき、ヤクザをクビになり、その後は覚醒剤の売人として暗躍しましたが、ついに41歳で逮捕。執行猶予つき判決で留置所から出ると、止めようと決意した覚醒剤をたちまち使ってしまう。絶望した岩井さんは自殺も試みます。ところが、同じような経過をたどってダルクを創設していた近藤さんと再会した岩井さんは、仲間に助けられながらダルクのスタッフとして働きはじめ、茨城ダルクの施設長をまかされてからは薬物依存症者の回復に苦労と経験を重ねて来ました。

 岩井さんは、中高生向けに飾らない講演を精力的に行っているせいか、本書の語りもストレートで最後までぐいぐい引きつけられます。薬物依存の恐ろしさを知り尽くした岩井さんのアドバイス「クスリを使う友達がいたら、止める勇気をもつな。逃げる勇気だけを持て!」などは本当に切実で、きれいごとではありません。クスリを使い続けた人の行き着くところは刑務所、精神病院、死体置き場のどれかだそうです。こう言われてしまうと精神科病院で働くわたしには複雑ですが、精神科の治療によって覚醒剤はやめられても今度は睡眠薬の依存症になる方が多いとのご指摘には深く留意したいと思います。

 岩井さんはいまも「今日一日(クスリを使わない)」の思いで過ごされています。ダルクをはじめて5年目に、途絶えていたご家族との関係が回復しました。これまで世話をした多くの若者たちから「おやじ」と慕われることが生き甲斐になっているそうです。

(精神科医局 宮田量治)

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