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うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間

:先崎学
出版社
:文芸春秋

 プロ棋士として将棋界で30年にもわたって活躍してきた先崎九段によるうつ病体験記。本書にはうつ病で体験されるつらい症状やその経過が的確に記載されているだけでなく、うつ病の極悪期から回復していくプロセスがなにしろ面白い(というと申し訳ないのですが・・)。うつ病のときの頭の働きのにぶり(機能低下)が詰め将棋の回答時間などからも具体的に書かれてあって、健康なときとの違いに愕然とします。実は、うつ病の症状と、日頃誰もが体験するうつ的な気分とは区別が難しいのですが、先崎さんはその違いをさまざまな生活場面の実体験により絶妙な表現力で記載しています。また、弱気で卑屈になってしまううつ病のとき、周りから言われて嬉しかった言葉が多々紹介されているため、うつ病の方にどんな言葉を掛ければよいのか、参考になります。以上、本書は、とにかく、うつ病関係者(家族、医学生、支援スタッフなど)の必読の書と言ってしまいたいような素晴らしい本です。

 先崎九段は、将棋日本将棋連盟の理事として映画『3月のライオン』の広報や「不正ソフト使用疑惑事件」対応などに追われて休みなく働いているうち、47歳で突然うつ病を発病。ろくに眠れず、対戦中まったく集中できず、将棋を指すどころではなくなってしまいます。その後間もなく精神科へ入院。そこから1年にわたる闘病生活がスタートしました。

 先崎九段の兄は精神科医であられ、ご家族の助けには心強いものがありましたが、うつ病への対処には先崎九段の天賦の才が光りました。たとえば(命がかかっているのですから切実な話ではありましょうが)電車に飛び込まないように駅の入線アナウンスを聞いてから30秒してエスカレーターでホームへ上がるようにしたとか、うつ病で決断できないときはコインの裏表で決めたとか(確実に回答を出してくれる自分ではないものに決断をゆだねた)。そして復帰前、将棋の感性を取り戻すために(恥も外聞もなく)後輩や仲間と練習将棋を差してもらったことが現役復帰への自信回復につながりました。先崎九段の復帰をこころから応援したくなります。温かみのある先崎九段のお人柄に触れ、また、プロ棋士同士の交流の様子などもうかがえる本書を通して将棋ファンがますます増えたのではないでしょうか。

(精神科医局 宮田量治)

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