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うつ病者の手記 自殺そして癒し

:時枝 武
出版社
:人文書院(品切重版未定)

 本書は、書くことで生きながらえてきたといううつ病の30代男性があらわした作品。陰うつなうつ病の世界にいることの残酷さがわたしたち「非病者」にひしひしと伝わってきます。懸命に生きようとすればするほど孤独が深くなる時枝さんの思いをたどる日記部分(1部・2部)は圧巻のひとことに尽きます。

 うつ病をかかえた時枝さんの日常は、周りのひとに気をつかい、消耗しやすく、イライラや焦燥、孤独や絶望に至ることがしばしばです。ささやかな安堵のあと突然生じて来る希死念慮、そして自殺未遂。めまぐるしく変わる日常には愕然とするばかり。

 大学院で論理学を修めた時枝さんは、雑誌『月刊少年育成』(2011年に廃刊)から自分のうつ病体験を書くように依頼されましたが、うつ病のときは書けず、回復すると悪かったときのことは忘れてしまっており、本書の執筆はなかなか進まなかったそうです。ようやく完成した本書には、ウォーキングなどの軽い運動と入浴の使い分け、アルコールとの付き合い方、睡眠や休養のとり方など、時枝さんの17、18年間に及ぶ闘病経験に裏打ちされたうつ病の回復につながる知恵や工夫が細やかに書かれていて参考になると思います。

 時枝さんは、うつ病の治療に必要十分なことは、薬物・休養・生活の介添人(身の回りの世話をしてくれる人の意)の3つと感じているそうです。身近な家族にはやさしい言葉かけや励ましのようなこころの援助でなく、実際的な援助(会社へ電話を掛ける、食べやすい食事を用意する、薬を整理する等)をしてほしいそうです。「押し付けがましい親」との関係には時枝さんの複雑な思いもにじみます。

 本書は重厚な3部構成で、1部2部には、時枝さんの32歳から34歳の3年間の出来事(自殺未遂の記載を含む)が時間を追って記されています。生い立ちや家族のこと、時枝さんの療養生活の実際が詳しく紹介された3部から先に読むと1部2部に描かれた時枝さんの闘病の背景が実によく分かります。

(精神科医局 宮田量治)

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