しんさいニート
福島県南相馬で被災し兄家族とともに非難生活を経験したカトーさんのコミックエッセイです。自分の生きづらさを徹底的に見つめたカトーさんの渾身の一作でもあります。被災していない方にとっても大震災後のリアルな避難が追体験できる前半部(1から4章)。福島第一原発から30km圏内に住んでいたカトーさんは、津波被害は受けませんでしたが、原発事故のニュースを冷静に読み込み、親類のいる50km圏内(福島市)へ早期避難を断行。飼い犬を連れて行くこと、ようやく軌道に乗りはじめた陶芸の店を捨てること、住み慣れた故郷や知り合いを捨てること・・。苦渋の決断が続いたことは言うまでもありません。ところが一次避難先の安心もつかの間、原発技師の知人の助言を受けたカトーさんは、兄の子供たちを被爆被害から守るため、100km圏外への二次避難を決断し、命からがら親類の住む函館へ渡りました。カトーさんの避難の体験をうかがうと、被災当時の方々のご心労についてわたしは知らないことが余りにも多いと感じます。函館では被災者として温かく迎えられましたが、その期待を裏切っては申し訳ない、「良い子」であろうとしてカトーさんは無理を重ねていきます。というのも、カトーさんは、子供の頃のお父さんの厳しいしつけのせいか、怒られることに敏感で、自分の本音を人前では出せないタイプ。父の期待に添えていない「自分はだめな人間」との思いが強かったのです。
避難先の函館で手に職を付けようとして飛び込んだ美容の世界でしたが、美容院では忍従を強いられ、ある日、まったく仕事ができなくなってしまいました。うつ病をかかえてニートにもがく後半部(5から8章)。カトーさんは、自殺の危機を乗り越え、カウンセリングを受けながら自分の過去を肯定的にみられるようになっていきます。やがて、震災の体験を書き残すことが自分の使命と感じたカトーさんは、初挑戦にして300頁を超えるこの長編コミックを完成させました。カトーさんは、父や被災者や職場のためでなく自分のための人生をようやくスタートしたばかりです。どうか周りの期待にしばられず、のびのびと自分の幸せを追い求められるようになって欲しい。
(精神科医局 宮田量治)