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「ぼくの父さんは、自殺した。」その一言を語れる今

:今西乃子
出版社
:そうえん社

 日本の年間自殺者数は、平成10年から14年間にわたって3万人台で推移し、平成24年以降は2万人台の減少に転じましたが、自殺は依然として深刻な社会問題です。自殺が他人事ではなかったノンフィクション作家の今西さんは、取材先の「自殺対策支援センターライフリンク」からひとりの青年を紹介されました。それが、中学2年のときお父さんを自殺で亡くした「自死遺児」の山口和浩さんでした。

 妻と離婚し、自家農園でも経営不振をかかえたお父さんは、あるとき山口さんに弱音を吐きますが、部活でへとへとの中学生にその将来を想像できようはずもありません。明け方、お父さんを見付けた山口さん。後悔と絶望、「自殺した人の子」という偏見から逃れようとして、山口さんは部活と勉強に没頭し、お父さんの自殺を完全にこころの中へ封印しました。

 高校へ進学した山口さんの元に、ある日、奨学金を受けた「あしなが育英会」から「つどい」への誘いがありましたが、「自分を語る」ことができない山口さんは早々に不参加を決めます。ところが、断っても断っても育英会からしつこいほどに電話がくる。山口さんはとうとう根負けして、このつどいへ参加することになり、人前ではじめて、お父さんの自殺のことを語りました。この語りのシーンを読むと、自殺のことを誰にも言えなかった山口さんの孤独が本当に深かったことがわたしにもようやく分かりました。

 自死遺児にとって、お金のかかる進学は切実な問題ですが、あしなが育英会が遺児たちのこころにもこれほど深く寄り添っているとは知りませんでした。その後の山口さんは、当時まだ語ることに抵抗の大きかった自死遺児のひとりとして、自分の体験を積極的に語るようになります。山口さんたち自死遺児の体験は、本(「自殺って言えなかった。」)に結実し、平成18年施行の「自殺対策基本法」にもつながりました。いたわりとは真逆の、余計なお世話とも見えるしつこさが、絶望した人を動かす手になることをわたしはこの本を読んで深くこころに刻みました。

(精神科医局 宮田量治)

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