飲んで死にますか やめて生きますか アルコール依存症ものがたり
三輪さんは、高二の春に上京、謡曲の人間国宝に弟子入りし、晴れて東京芸大邦楽科を卒業したものの挫折。その後、デザイン関係の会社をおこして成功をおさめますが、社会人になって覚えた深酒が高じて、朝酒から出勤できないでたらめの日々に陥ります。社員からあきれられ、会社を崩壊寸前に追い込んでしまいます。家族関係はもちろん最悪。逃げ場のない地獄の底を這いずり回るようだった三輪さんは、それでも酒をやめる気はなく、精神科病院からも匙を投げられました。しかし、断酒会とめぐりあい、児玉正孝がひらいた「和歌山断酒道場」とつながり、ついには自らが大きな一歩を踏み出しました。本書がアルコール依存症者のバイブルと言われるのも宜なるかな。
断酒会の活動を続けるうち、三輪さんは、アルコール依存症は酒を求めるこころを直さなければ、真の意味では回復しないことに気付きます。依存症になってしまった自分のこころ・・・。そのこころの「根」を三輪さんはついに見ることになる。1年かけて受講した東京・赤坂の心理教育センターの講義によって三輪さんの自己洞察には磨きがかかり、嫌いな自分との対峙方法や無理しない生き方にも手ごたえをつかみました。
本書は、フロイトのこころの理論を「敵は本能寺」と一括してしまったりと、コピーライターとしての三輪さんの豊かな経験がいかんなく発揮された大変読みやすい本です。その上、順を追って明かされる三輪さんの人生は物語としても大変面白い(失礼ながら!)。ストレートな表題や地味な装丁からは想像できない洒脱さもあります。
本書出版のとき三輪さんはすでに50歳を過ぎていましたが、徹底的にアルコールに溺れたことで、人生をようやく自分のものとして取り戻すことが出来たのかもしれません。そして、回復の一里塚のように、三輪さんには人との貴重な出会いがあったことは幸運だったと思います。数ある本の中から本書にめぐりあえた人は、飲酒をやめて生きよう、今一度の再起を信じてみようと思えるのではないでしょうか。
(精神科医局 宮田量治)